自由英作文から逃げられない時代

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勉強は一人でやるものか、それとも

よいよ7月になりました。受験生は本格的に勉強に取り組まなくてはいけません。

受験生でなくても、もう現学年の半分にきてしまったので次の段階・学年のことを意識しなくてはいけません。

 

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の見通しがよくない人は、勉強のイメージがわかなくて成績もあがりにくい。

それでなくても成績の上昇カーブは、後からついてくるものだから、「努力が正しい方向に自分を動かしているのか」それとも「なんとなく時間が過ぎてしまっているのか」の見極めが難しいのです。

本人にとっても、保護者にとっても、先生にとっても。

 

大学受験に限らず、勉強というのは一人でやる場面の方が多いものでしょう。

知識を入れその知識が自分の血肉になったかどうか反復する段階は、確実に一人でおこなうべきものです。

よく、単語の意味や年号を一問一答形式で友人とクイズにして出し合っている姿を見ますが、はっきりいって「勉強ごっこ」でしかありません。

断言しちゃう。

中1・中2の定期テスト対策にしかなりません。

おもしろおかしくやったって、その人自身の理解・蓄積には役立ちません。

 

イズ形式や講師が説明する授業を受動的にみる形式の学習は、運動反応にすぎません。導入には役立つだろうけど、そこから先にずっと続く本質的な理解や演習には連れて行ってくれない。

でもこれからの中学・高校・大学受験では本質的な理解や演習が欠かせない。

たとえ演習実施で導かれた答えが正しくなかったとしてもその答えに至るプロセスが

本質に迫ろうとする姿勢かどうかが評価されるから。

 

入段階で「楽勝(^^♪」とかなめてかかったり、苦痛を感じたりする子は、その先へ進み成功体験を得ることがなかなか難しいかもしれません。

そのメンタルを修正できるのは、本人と保護者しかいません。

他の道を探すのも、本人と保護者の権利でしょう。。。

 

強において、他者を巻き込んでうまくいきだすのはこの演習実施の段階からです。

ここでいう演習とは、ネクステを一日〇ページやるというレベルの「作業」ではありません。二次・私大の過去問をやり、英文解釈のプロセスを先生に確認してもらったり、英文の構造を解析し用いられている文法項目から部分部分の下訳をつくり、最終的にひとつの日本文としてまとめる、そのプロセスに不自然さがないかどうか先生と一緒に確かめてみたり。英作文を書いたら、自分が伝えたいことが伝わるように書けているかどうか、先生に読んでもらったり。そのうえで「自分はこう書いたつもりなのに先生につ伝わらなかった」ならば、先生に添削してもらったり。

 

「勉強」とひとくくりにするからややこしくなるのではないでしょうか。

小学生・中学生・高校生を抱えるご家庭では、この子が勉強といってもどの段階にあるのかを知ることが保護者・先生にとって肝要でしょう。

導入段階なら、他者を巻き込む。

知識の理解・蓄積段階なら、一人で浸透させる。

演習段階なら、一人でやったのちに他者に見てもらう。

 

教科が異なれば、それぞれの教科で段階が異なって当然です。

「算数が全然できないじゃないか!」って怒っても、無意味なんですね。

 

 

 


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